みそブログ

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多摩川でマラソンを頑張ってるサブスリーランナーのブログ。

本日は3/11。東日本大震災から5年。あの日僕は。。

http://www.flickr.com/photos/40467171@N00/420706341

おはようございます。みそです。

 

今日で東日本大震災から5年が経過しました。

 

あの日のことを人々の記憶から風化させまいと、これまでに様々なところで震災について知る機会がありました。

 

身近なところでいうと、私がよく出場しているマラソン大会などは参加出場枠に【復興支援枠】があったり、【東北にエールを送ろう!】ということで、「絆」ステッカーを貼って走ったり、レース前には必ず1分間の黙祷があったりと・・・

 

普通に生活をしているだけだと、どうしても震災のあったことや、復興がまだまだ続いていることについて記憶が薄れてしまいがちになります。

 

私にできることは少ないですが、こうやって記事にすることで少しでも人の目に留まり、考えるきっかけになれればと思います。

 

あの日、僕は

震災があった当時、私は横浜のとある消防署へ取材のため出張に出ておりました。
 
東京マラソン2011で初フルマラソンを経験してから1週間と少し。
 
かなりの無茶をしてサブフォーを達成したこともあり、体のダメージは抜けきれぬまま・・・
 
歩くのもしんどい状態で水・木と徹夜で仕事をしており、夜間明けの金曜日
 
「この取材でようやく今週が終わる(;´д`)」
 
と最後のチカラを振り絞って目的地へ向かいました。
 
消防署へついた直後に
横浜の初めて降り立つとある駅
 
目的の消防署へ到着した直後に、外にいても感じるような大きな揺れを感じました。
 
「えっ!?えっ!!でかいっ!Σ( ̄□ ̄;)」
 
信号機が大きく横ぶれし、立っている人も思わず何かに掴まってしまうような大きな揺れ、そしてそれは数回に渡って起こり、その場にいた人々を一瞬にして震え上がらせました。

http://www.flickr.com/photos/11583872@N00/154307224

 
私のいたところでは事故など大きな被害はなかったものの、取材先の消防署は一瞬にしてパニックになり、ほとんどの職員が出払い取材は中止。そこからはもちろん電車も止まってしまい、帰ることも出来ぬまま見知らぬ駅で孤立することになってしまいました。
 
それでも当時は、「1~2時間待てば復旧するだろう」という位にしか思っておらず、カフェで読書をしながら時間を潰しておりました。
 
しかしながら1時間待てど、2時間待てど電車復旧の目処は経たず。。度々外に出てみると余震により大きな揺れがチラホラ。。地元の人達も何やら慌ただし様子で少しずつ「これはタダ事ではないのか・・・?」と何か心の底でゾワゾワと嫌な感情が沸き立ってくるのを感じました。
 
 
続く(今夜更新します)